【30代で起業】BUMP OF CHICKENに学んだ“弱者の反撃”|逆境から始めた挑戦
代表ブログ
mermaid 代表
公開日:2025年2月16日
※今回のブログは言葉遣いの荒い箇所がございます。
当時の感情をそのまま綴っているため、予めご了承いただけますと幸いです。
30代で起業することになった経緯
今まで会社を始めてからの事をお話しましたが、
今日は
「30代で起業することになった経緯」
をお話したいと思います。
起業や独立、こんな言葉を聞くと
「強い志」
「世の中を良くする新たなものを提供」
そんなポジティブなイメージを持たれる方も多いと思いますが、
僕は全く違います。
それは、
ある日、突然「クビ」になった
ある日、突然「クビ」になったから。
以前のブログ、
➡️【告白】勘違い人生からの目覚め!20代でプライドをへし折られたリアル話
でもお話していますが、
18才で美容院に就職して5年経ち、そこから1.2年、色んなアルバイトをしていました。
例えば、鏡餅の製造工場。
白い作業服に身を包み、帽子を被りマスクを着けて、
見えている箇所は「ぱっちり一重のタレ目」だけ。
薄っぺらい3段の鏡餅の容器を逆さに持ち、
上から落ちてくるアツアツのお餅を、ひたすら8時間受け止め続ける。
出勤してから退勤するまで誰とも話さず帰宅する。(ヒロシです。)
同じ作業を黙々と繰り返す。
でも、これが全く苦にならない。(ヒロシです。)
本来の性格は超絶陰キャ。(ヒロシです。)
視力は2.0なのに、未来が全く見えません。
ヒロシです。ヒロシです。ヒロシです・・・。
(※内容はネタではなく事実です)
友人5人と会社をはじめる
こんな生活を続ける中で、一つの大きな転機が訪れます。
友人5人と会社を始める。
(オーナーは別で1人いましたが、会社には全く来ません)
大阪・心斎橋の雑居ビル。
6畳ほどの小さな部屋に、男6人がぎゅうぎゅう詰め。
最初はボロボロ事務所の大掃除から始めました。
お金もないので、
ビルの倉庫で埃まみれで山積みになっていた机と椅子をお借りして、
隙間が空いたガタガタの木造床ではキャスターなんて機能しない。
廊下に電気はなく、
夜トイレに行く時は暗闇の中を手探りで進む。
ねずみやゴキブリも当たり前。
そんな環境で、1日15〜16時間。
寝る間を惜しんで仕事をして、
4年で年商25億。
1Fに超高級ブランドが入っている御堂筋沿いの綺麗なビルにも移転し、
全ての事業を合わせると、従業員は150名ほどになっていたと思います。
分社化と、雇われ社長との衝突
順調に進んでいましたが、会社の方針で分社化することに。
僕は、新たにできた子会社の現場責任者になりました。
そこへやってきたのは、肩書だけの雇われ社長。
最初の数か月はお互い様子を見ながら上手くやっていましたが、
たまに会社に来ると、
「全従業員の給料は、お前の事業で支払ってる。」
「売上が下がったら…」
こんなプレッシャーだけをかけてくるようになりました。
「うるせぇ」
「売上作れねぇ奴が、偉そうな事だけ言ってんじゃねーよ」
(ヒロシです。)
※すみません。ヒロシを使うタイミング間違えました。
内心そう思いながらも、
全員の給料・生活を考えると、重圧に押し潰されそうになっていました。
決裁権を持たない現場の限界
なぜなら、決裁権を持っているのは社長のみ。
売上を伸ばすための新たな投資や、お金の使い道を決めるのは、
いくら雇われであったとしても、社長にしかできないからです。
事業を大きくするためのプレゼンを、何度も何度も行い、
何度も何度も断られました。
「事業を理解しようともしない奴に、なんで決裁権があるんだ?」
「こんなんじゃ、上がる売上も上がらねーわ」
(ヒロシです。)
※また間違えました。すみません。
名前の消えた組織図
そんな関係が1年ほど続いたある日、
「来期の会社の方針を話したい」
と呼び出され、行ってみると……
新たな組織体制に、
僕の名前はありませんでした。
「クビって事かぁ。」
「このクソ野郎。」
心の中でそう思いながらも、
もう言い争いはしたくなかったので、
「会社、辞めます。」
とだけ伝え、
1か月ほど後輩に引き継ぎをした後、退職しました。
30代、何もないところからの決断
30代になっていて、資格も特別な知識も何もない。
就職活動をしようか、
またフリーターに戻るか、
それともヒロシになるか……
色んな事を考え、考え、考えました。
でも、
「クビにしたあの野郎を、絶対後悔させてやる」
「あの野郎を、将来絶対見返してやる」
この思いが消えることはありませんでした。
反骨心が背中を押した言葉
起業を決意。
2012年7月放送の月9ドラマ
「リッチマン、プアウーマン」 日向 徹の言葉。
「その反骨心は良い。」
「世界を変えた人間に共通するのは反骨心だ。」
「その噛みついてくる感じは悪くないな。」
この言葉にも、勇気づけられました。
時間が経って気づいた本当の意味
そして1.2年後、当時の仲間から、
「あの会社、潰れました。」
という報告。
社長以外は、他のグループ会社で雇用されたと聞き、
安心と同時に、
「あの野郎、ざまあみろ!」(ヒロシです!)
「逃がした魚はデカすぎたんだよ!」(ヒロシです!)
ヒロシです!ヒロシです!ヒロシです!!!!!
……と、なりました。
「クビにしてくれて良かった」と思える今
でも、さらに数年が経って思ったこと。
「あの時、クビにしてくれて本当に良かった」
今でも、綺麗事ではなく、心からそう思っています。
当時は、
会社や従業員のためと思っていても、僕自身の言動にも非はあった。
相手のせいにし続けていると、
恨みのような感情は消えない。
人への攻撃的な感情は、正直疲れる。
「自分の非も認める」ことで、
人として成長でき、過去と決別できる。
反骨心がくれた、今のご縁
あの悔しさ、反骨心があったから頑張れた。
あの時、一歩踏み出したから、今がある。
そして何より、
当店のチャットレディの皆さん、スタッフたち、
グループ店の皆様、お取引先の皆様。
あの時辞めていなければ、今のこのご縁はなかったはずです。
感謝を込めて
時間の経過とともに、
当時の恨みのような気持ちは、自然と消えていきました。
今、こうして思えるのも、
僕と関わり、一緒に歩んでくださる皆様のおかげです。
いつもありがとうございます。
今回のブログもご覧いただき、ありがとうございました。
口調が荒く、不快に感じられた方もおられたかもしれませんが、
当時のありのままの感情を綴りました。
ご理解いただけますと幸いです。